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  • Y. Nakamura

第7話 : 霞が関ビル

コンペティションに送る用の音源(CD)はできた。

それでもう”やった感”はかなり出たのだけど、その後の作業が意外に大変だった。

まずは、楽譜の清書。 とりあえず、それまで使っていた楽譜はベースとドラムに伝わればいい程度のものだったので、見る人が見たらけっこう間違えているのかもしれないという危惧があった。 なので都内にある専門学校に問い合わせて、作曲専門の先生の個人授業を1時間予約した。その先生に楽譜のチェックと、それから録音した曲も聴いていただき専門的に楽譜が間違っていないかのチェックをお願いする。 結果から言えば、「直すべきところは何もない。」何か授業料損したなぁという気持ちと安心感が入り混じった複雑な心境。フルコースの人間ドックに行ったのに、検査結果から自分が超健康体というのがわかったかのような。

むしろ、僕が書いた曲うんぬんというよりも「ジャズピアノを誰に習ったのですか?」ときかれ、「タミール・ヘンデルマンですよ。」というと、「じゃあ、今度チェックしてみますね。」と変なトコロに興味を示された。「やっぱり、そんな大した曲ではないのかなぁ。」と内心、少し傷つきましたよ。

楽譜はとりあえず正しいみたいなので、清書に夜な夜な(後は日中、会社の昼休みを利用して)とりかかる。

受賞後に小曽根真さんという世界的なピアニストがDJをされている番組で、小曽根さんがこの曲をかけて下さいました。(今度お会いする事があれば直接お礼言わないと。)小曽根さんが、そのJ-WAVEの番組内で「和風テイストな曲ですねー」という感想を仰っていました。

そうなんです。和風なんです。

楽譜の清書をする時は手書きで筆ペンを使って書きましたよ。(今でも日記をつける時は筆ペン使ってます。やっぱり日本人は筆の感覚ってのがしっくりくるのかなぁ。)

そして筆ペンで清書した楽譜を今度は和紙テイストな紙に印刷しました。

会社のコピー機を使って。

業務時間外だったので許してください。

会社勤めの皆さんもぐるナビの地図を飲み会用に印刷していませんか?なので会社のインクをちょこっと使うぐらい許して頂けないでしょうか……。  

で、和紙に印刷した後、さらに作曲者 Yusuke Nakamura の下に印鑑を押してみちゃいました!普通のではなく四角い、よく水墨画なんかに押してある篆刻印ってやつです。なんで持っていたかは忘れましたが、ダメ押しで和風テイストを視覚的にも満載に。

楽譜が完成、応募用紙(アプリケーション)も記入し、CDもできて、写真も撮って、提出する準備は整った。ねずっち並に整いました。(あ、古いか……。)

後は、郵便局に行ってEMS(国際便)で送るだけ。

会社の一番近くの郵便局は会社の総務の人とかに会う可能性があるので、二番目に近い霞ヶ関ビルというところに入っている郵便局で発送手続きをする。

これもまた昼休みを利用して。

その頃はカロリーメイトみたいのをエクセルシートや会計システムと向かい合いながらポリポリと食べて、「Lucky Seven」提出の為に昼休みは食事に時間を使っていなかった。

霞ヶ関ビル内の郵便局に行って、提出物の郵送の手続をして応募費用としてマネーオーダー70ドル分(郵便為替)を同封する。(マネーオーダーって結構手続き面倒くさいんですよ。)

曲も思ったように書けて、録音もうまくいって、楽譜もどうやら専門的に問題ないらしい。

なんだかそうなると自分の力以外の何らかの力によってこの曲がつき動かされている、そんな感覚になってきた。

提出するその頃には、これは運(Luck))によって書かれた曲ではなく、天 (Heaven)から降ってきた、もしくは天に昇る、そんな様な曲なんじゃないかって思い始めた。

なので提出する前に僕は曲のタイトルを「Lucky Seven」 から 「Heavenly Seven」 に変えました。

そして「Heavenly Seven」 は霞ヶ関ビルからアメリカに向かい、海を越えて旅立っていったのでした。

応募費用として同封した郵便為替が100倍以上になって懐に入ってくるとはこの時は夢にも思わなかったのである……。