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  • Y. Nakamura

第5話:飛行機代だします。

最終更新: 2018年8月2日



モンク・コンペティションへの応募曲はとりあえず完成した。

仮のタイトルは「Lucky Seven」。

最初のバージョンができたという感じだ。

次のステップとしては、バンドを集めてリハーサル。

その当時セッションで知り合って、一回ぐらいライブをやったミュージシャンと昔から付き合いのあるミュージシャンに声をかけるとみんな快諾してくれた。

編成としては、アルトサックス、テナーサックス、ベース、ドラム、そして僕のピアノという5人体制で進めることとなった。あ、あと僕の歌か。(どんな編成が賞に応募するにあたり有利かという話は第3話「ジャズの作曲とは?」を参照されたし。)

「作曲家魂」

というのが当時の僕にあったかどうかはわからないが、少しでも曲の中に作曲のテクニックをみせたほうがいいだろうということもあって、アルトサックス、テナーサックスがそれぞれメロディーを奏でながら絡み合う対位法という手法を曲の中に盛り込んでみた。

当時は完全防音室マンションに住んでいたので、夜中でもピアノを弾くことができた。なので、夜中の2時とかにムクッと布団の中から這い出てピアノにむかってアイディアを練ることもしばしば。

今の一軒家のなんちゃって防音室付きよりも自由な時間にピアノが弾けてたなぁ。

そして第一回目のリハーサル、場所は市ヶ谷のスタジオ。

このとき、初めて生身のミュージシャンを通して、「Lucky Seven」が空気の振動という形で具現化した。

個人的には、「むむむ!」という感想。

リハーサルに付き合ってくれたミュージシャンたちの、最初の感想はというと。

「難しすぎる。」

という事だった。

まぁ、それもそのはず、7拍子という慣れない調子に併せて、ハーモニーが一拍ずつ変わるなど現存するジャズの曲に比べてもかなりの難易度だ。

それに加えて、アルトとテナーサックスがうまく絡むように対位法まで使用している。

リハーサルメンバーの一人がちょうど知り合いとそのスタジオで出くわして、「モンク・コンペに提出する曲を練習してるんですよー」なんて話をしていた。なんか芥川賞を夢見て、素人がこっそりと小説を書いているような恥ずかしさがあった。

その日は2~3時間のリハーサルでほぼ「Lucky Seven」だけを練習したのだが、結局形にならなかった。

まあ、こんなものか。

というのが正直な感想だった。

集まってくれたミュージシャンたちはセミプロの方々だったが、皆さんライブを定期的にやったり、セッションホストをやったりと実力的には申し分のないミュージシャン。

「厄介な曲書いちゃったなぁ」

けど、出来ちゃったモノはしょうがない。頑張って完成させるしかない。

そうこうしているうちに「Lucky Seven」の初演の機会が巡ってきた。

当時僕の母は亀有にある教会に通っており、ある日曜の午後教会で音楽の催しがあるので出てみないかということだった。

親孝行の一環として教会で演奏するのも悪くない。与えられた枠は2曲演奏するということだった。僕は「Lucky Seven」と賛美歌を一曲弾き語りでやることにした。

その教会での催しはすごくアットホームで、ギターの弾き語りをする方もいれば、バレエダンス、コーラスグループ、さらにはドラムソロとバラエティーに富んでいた。僕は用意した賛美歌と「Lucky Seven」を演奏した。

「Lucky Seven」の初演のお客様(教会員の方々)の反応はどうだったかというと…….。

とーっても微妙な空気が流れました。

それもそのはず。

使っているコード(和音)は僕が今まで聴いたことのあるジャズの曲より群を抜いて複雑だし、ノリが良いという感じでもない。

当然といえば当然のリアクションなのだろう。(ストラビンスキーの「春の祭典」も今ではクラシックのコンサートでは定番曲だが、初演時には野次が飛んだらしい。)

むしろ、もう一曲弾き語りでやった賛美歌の方が皆さん喜んでくれたような。

初演はそんな微妙な感じでしたが、2回目にやるチャンスが訪れた。

ちょうどリハーサルをしたメンバーでライブをやる機会があったので未完成の要素が強かったけど強引に演奏。

ファーストセットはピアノでセカンドセットはピアニカで。(同じ曲を同じライブの中でやるのは本当は反則。)

とにかく多く演奏してなんとか「Lucky Seven」という楽曲を骨肉の一部にしたいという思いがあった。

ライブ自体はお客様もけっこう盛り上がりましたよ。

……「Lucky Seven」以外の曲は。

そのライブの帰り際に、僕はある約束をメンバーとする。

「今回の応募の為のリハーサルとかレコーディングについてはお礼はできないけど、モンク・コンペで優勝したら賞金が出るらしいから、授賞式にはみんなの飛行機代出すから一緒に行こうよ。」と。

バンドメンバーには「またまたー」みたいな事をその時言われたと記憶しているが、彼らもまさか「Lucky Seven」が最優秀作曲賞に選ばれて、ワシントンDCのケネディーセンターで普段CDショップでしか見るコトのないジャズ界のスーパースター達とステージをシェアすることになるとは、

夢にも思わなかったに違いない。