さて、美咲ちゃんの女子力のおかげで、無事ワシントンDCに到着。
「ケネディセンター」という由緒あるホールでのリハーサルへ。
モンク委員会が用意してくれたシャトルバスで会場へむかうあいだに、旅行色満載だった”ツーリスト・トリオ”も、気持ちが引きしまっていく。
そして着いたホールは、なんとも重厚な建物!
「うわあ、こんな大きなところでやるんだ!!!」
今まで演奏したことのあるホールとは、敷居の高さが格段に違った。
その頃、他会場では、プレイヤーのセミファイナルで熱戦が繰り広げられているわけだが、受賞が決定している「作曲部門」の僕たちは、目の前のリハーサルに集中。
なんとなくオーラのある人たち(コアなジャズファンにしてみればヨダレが出るほどの有名人かも……)が、同じステージにいるんだけど、なるべく目移りがしないようにする。
さて、いざ「Heavenly Seven」の通しになった時に、あるトラブルが発覚!
「ピアノトリオ(ピアノ・ドラム・ベース)」ということしか伝わっていなくて、歌が入る体制になっていなかった。 歌を入れなくても曲として成立はするが、「七~、七七、七~(なー、なな、なー)」という歌詞を入れたのも曲の要素のひとつ。(詳しくは第4話:この曲なんの曲~♪、7についての不思議な曲~♪」参照)
歌ナシという状況はありえないので、マイクを要求。
ステージスタッフの人たちは「キーテナイヨー」的なことを言っているが、そこはやはりプロ。
今までに味わったことのない、マイクとマイクスタンドの素晴らしい安定感を供給してくれました。
(ピアノの弾き語りをする方はご存知かもしれないが、演奏中にマイクが下がってしまい、それに喰らいついて歌おうとするため、弾く姿勢がビル・エバンスよりも悪くなってしまうことが多々あるのです。)
リハーサル兼サウンドチェックも無事に終わり、“ツーリスト・トリオ”はホテルに戻った。
僕は授賞式の準備(スピーチをしなければならなかった。しかも英語で。)もあったので部屋にカンヅメ。
美咲ちゃんとカテキン君はワシントンDCを観光。
なんだか心の余裕があって素晴らしいなぁ。
そしていよいよ授賞式本番。
会場入りすると、まず待ち受けていたのが、ハービー・ハンコックと米国BMI(日本でいうところのJASRAC)のビルさんとの記念撮影。
ハービーは僕の浅草ジャズコンテストボーカル部門受賞暦に触れ、
「アサクサだろ?知ってるよ!」
さすが日本通。
演奏部門のドラマーたちの熱いバトルが繰り広げられている中で、日本からのサラリーマントリオは、ステージの横でそわそわとして時間を過ごした。
僕は立ちっぱなしも疲れるので、ステージ脇の空いているパイプ椅子に目をつけて、隣に座っていた女性に座ってもよいかと聞いてみた。
「Sure(もちろんよ)。」
と、グレッチェン・パーラト。
そうです。前の年のグラミー候補の。
その時以来メロメロです。お慕い申しております。
そしていよいよ、僕らの受賞曲の番。
この瞬間のための準備は万端、あとは用意したスピーチをすれば演奏できる、とステージに出ようとしたそのとき……。
「ジカンガ ナイカラ スピーチ ヒトコトニシテネ」
えー!!!
ワシントンDCまで来て、観光を我慢してホテルに籠もってA4にぎっしりきれいにまとめたのに!?
あ~あ、こんなことなら美咲ちゃんとカテキン君とスミソニアン博物館に行けばよかった……。
ハイパーインフレが起きて紙幣一枚一枚の価値が極端に薄まってしまったかのごとく、僕のA4ぎっしりスピーチは紙くず同然に……。
なので、二言ぐらいにまとめてスピーチした。
「Although I am a Japanese person,I achieved the American dream. Thank you!」
(自分は日本から来た日本人だけど、アメリカンドリームを実現させました!)
会場からは「クスっ」という声が聞こえた。
演奏自体はというと……。
正直あまり憶えていない。
勝利インタビューに「取り組みに集中していたので、あまり憶えていません。」
と、無骨に応じる関取ばりなのでありました。
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