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  • Y. Nakamura

第1話:午後9時17分



第1話:午後9時17分

八月はじめのある週末。

気持ちの良いぐらい暑かった日の21時過ぎだった。スマホをチェックしてみると、やたらと長い番号からの着信履歴と留守電があるではないか。

番号のエリアコードは201で始まっている。米国ワシントンDCから発信されたものだ。

全身の血液がふわっと体の中心に集まり、また体の端々にじわっと戻っていく感覚を味わった後、

「やっぱり来たか」と思った。

後で考えるとかなりおこがましい感想ではあるが。

僕の人生の中でこの世に生を受けた次に大きな出来事について、これから告げられるのだろう。心を落ち着かせる必要があった。

この日はちょうど日曜日で会社は休み。僕はフットサルをやりたいが為に実家のある千葉県に都内から帰ってきていた。

携帯を父親の書斎においていたので、ワシントンDCからの留守電をそこで聞いてみる。

「セロニアス・モンク・インスティテューションのブラウンというものだが、伝えたいことがあるので時間があるときに連絡が欲しい。」

なめらかな英語でメッセージが残っていた。

時間のある時?そんなもんいくらでも作るっ!

これから知ろうとする事実の重大さを考えたら、サウナに入った後のビールを我慢してまでも早くコールバックしたいぐらいである。(実際にサウナに入ってはいないがそれぐらいの前のめりな気持ちなのである。)

201で始まる番号をそのままリダイヤルする。数リングもしないうちに相手側が受話器をとる。自分の名前を伝えると、

「Congratulations!(おめでとう!)今年の作曲部門の優勝者に選ばれたよ。」

と割に陽気な口調で告げられる。話した相手は留守電を残してくれたブラウン氏。その他の会話については今は全く記憶にないが、具体的な授賞式の段取りを決める必要があるとのことで、授賞式の事務方を取り仕切るミシェルというマネージャーに電話は転送された。

「おめでとう。とても美しいピースだわ。」とミシェル。

素直に感謝の意を伝え、授賞式までの具体的なスケジュールは後日メールでやりとりすることを約束した。ワシントンDCまでの飛行機代と現地でのホテル代、食事代等はモンク委員会がもってくれるということだった。

ブラウン氏とミシェルとの会話は正味15~20分ぐらいだっただろうか。もう頭がどうにかなりそうである。あの世界で最も権威のあるセロニアス・モンク・インターナショナル・ジャズコンペティションの受賞者になってしまったのである。何をどう咀嚼すれば良いのか。思考は停止しているようでもあり、高速回転しているようでもある。

そうそう、僕は実家に週末帰省して父親の書斎にいたのだった。階下にいる両親に事の次第を説明する。セロニアス・モンクなど知らない彼らはどのくらい状況をわかってくれたのかはわからないが、確かなことはこれ以上興奮していた息子を見たことがないということだろう。

その後、両親も旅行がてら受賞式に観客として出席することになり事の重大さを知ることにはなるのだが。(今考えればモンク委員会にチケット出してもらえば良かったな……)

夜も遅い時間ではあったが、お祝いということで柏駅前に3人で出掛けた。僕は両親の迷惑もかえりみず背脂こってりラーメンをリクエストしてしまった。

だって夜遅い時間帯のラーメンって30代半ばにとっては最高の贅沢だから