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  • Y. Nakamura

第2話:きっかけは⚪⚪

最終更新: 2018年8月2日



その年のGWは少しだけ働いた。

3月に外資系証券会社の財務・経理に転職したばかりだということもあり、まだそのポジションに慣れていなかった。

なので、休日返上で出社した。

証券会社は2社目であるものの、会社によって勝手も違う。また転職したばかりということもあり、成果を残してやろうと気合も入っていた。アメリカの会社なので本国での決算は12月なんだけど、日本法人は3月決算なので、GWは監査法人による監査もほぼ終わり財務書類を提出する直前の部署的には最もホットなタイミングだ。

しかし!

いざ出社して作業を始めてみると仕事のはかどらないことはかどらないこと。それもそのはず、世間は連休だし、オフィスの窓からは雲ひとつない色の綺麗な風景が広がっている。

「遊びに行きたい!」

健全な人間であれば普通にそんな言葉を叫んでしまう状況であった。ちょこっとエクセルをいじってみては、ドライバーで軽く素振りをしてみる。(当時はゴルフのレッスンを受けていて横峯さくらの飛距離に憧れてましたよ。) 完全に連休モードな世間に抗うことは困難である。

今考えると、やっぱり向いてない仕事だったんだなぁ。

そんなこんなで気付くと、仕舞には”Jazz Competition Composition Contest”みたいなワードで検索をかけて色々なサイトを眺め始めた。この惨状を知ったら当時の上司にドヤされそうだが、人目のないところで働くとこんなもんでしょう。(その当時の上司も仕事中は新聞をパラパラめくっていたので、ひょっとしたらそんな脇道にそれた働き方もオッケーだったのかもしれないね。)

その頃の7~8年は、音楽についていえばONと OFFを繰り返していた。 資格試験の勉強の為に全くピアノに触らない期間(半年とか)もあれば積極的にセッションに行く時期もあった。ちょうどその年は音楽的には充実していて、1~2ヶ月に1度の頻度でライブができていた。(忙しいサラリーマンにしては上出来な回数ではないですか?)   

そんな中で欲が出てきたのか、何か目標をもって音楽をやりたいと思うようになっていた。 仕事にやる気がでない時のサラリーマンの常套手段 ーーウェブサーフィンーー。 前述した用語で検索をして「カチッ、カチッ、カチッ。」と様々なページをみているとあるジャズの大会が目にとまった。

「セロニアス・モンク・コンペティション」

これは恐れ多いなぁと思いつつも、募集要項に目を通す。プレイヤー部門と作曲部門があるではないか。 その年のプレイヤー部門はドラムスなので読み飛ばし(たとえ自分の演奏形態であるピアノやボーカルでも読み飛ばしていたかも)、作曲部門を細かく見てみる。他のコンペティションでは年齢や国籍が問われることも多いが、こちらは年齢や国籍は一切不問。

世界一の大会だけあって門戸の広さも世界一である。

しかも日程的にパーフェクトなタイミング。

というのも音源等の提出物を7月上旬までに提出すれば良かったので、GWのその日から逆算しても曲を書いてリハーサルをして録音するのに十分な日数があった。

「けど、モンクコンペ(ジャズの人たちはこう略します)だろ?いかっついなぁ。」

応募する前からビビってしまっている自分がいた。

けど、応募するだけならタダだ。(実際にはリハーサルをしたり、レコーディングをしたり、応募のエントリーフィーがかかったりするのでけっこうな出費なわけだが、特に失うものが何かあるわけではないので。)

その時点で考えたことは以下の3点である。

①このモンク・コンペティションに毎年応募することをライフワークにしていこう ②ただ漫然と音楽活動をするよりは何か目標を持ってやっていったほうが張り合いがでて良いだろう ③その年の作曲部門でどんな曲が優勝するのかアメリカまで観に行こう

そんな事まで一瞬で考えてしまいましたよ……。

自分の曲がその年に優勝するとは露ほども思っていなかったものね。 そしてその年以降作曲部門が今日まで開催されていない事もその時は全く想像できなかった。

GW中に出勤するととんでもない魔力が働くものである。

僕は曲を書き始めた。